圧倒的な移民小説、Ha Jin（ハ・ジン）のA Free Life（自由生活）

  

  

 

Ha Jinは中国生まれの作家です。アメリカ留学中、天安門事件をきっかけにアメリカに残ることを決め、英語で作品を書き始めました。

 

つまり、大人になってから身につけた英語で作品を作るという、それだけで手に取らざるを得ないプロフィールを持つハ・ジン。”A Free Life”は著者の半自伝的作品ということで、楽しみに聴き始めました。（オーディオブックを利用）

 

冒頭主人公であるNan、その妻であるPingPingが息子であるTaoTaoを空港で待つシーンから始まります。天安門事件を機に息子を中国からアメリカに呼び寄せたものの、Nanにこれといった展望があるわけでは無く、先行きは暗いです。

 

Nanは妻PingPingを申し分ない妻だと思っていますが、元彼女Beinaのことが忘れられず、また仕事のほうも低賃金の職にしか就けず、悶々とした日々を送っています。

 

ないない尽くしの中語られるエピソードは時にユーモラスで時に痛烈で、頭を上下にガクガク振るほど共感してしまいます。

 

経済状況が安定しないこと、母語ではない言語を習得することの難しさ、中国移民同士の軋轢、異国の地での子育て、移民の苦労がこれでもかこれでもかと日常的エピソードの中に詰め込まれまったく飽きさせません。

 

些細な日常のエピソードをひたすらに積み重ねることにより、日常が過去となり、過去がそれぞれの登場人物の行動に厚みを持たせています。

 

物語は後半ともなると、経済的状況が満たされたその後の移民の姿が描かれます。なぜ自分はこの土地にいるのか、なんのために生きているのか。母国以外で生きることを決めた時点で、その土地で暮らすことを選んだ自分自身への説明責任が生じてしまうのです。

 

移民の苦しさも惨めさも、その生活の中でしか培われなかったであろう妻への想いも、創作への情熱も、自由な生活を求めて犠牲にした全てが詩に消化されていくラストは静かだけれども圧倒させられます。

 

エッセイでも、自伝でもなく小説という形でしか表現できないものがあるということをしみじみと感じさせてくれる作品でした。

 

 

因みにこちらで、ハ・ジンがA Free Lifeについて語った講演会が見られます。

 

 

 

動画の中では、

 

・亡命者の小説ではなく、移民の小説を書きたかった。

・ナボコフのPninが下敷きになっている。

・中国語で訳されたものは台湾で出版されている。

・中国が舞台の小説ではないので、キャラクターが話す英語に気をつける必要があった。

・A free lifeとはただの自由な生活という意味ではなくて、huge price to pay for freedomのこと。金銭的に自由であったとしても、自由であるということではない。

・中国語ではエッセイなどは書くが、小説などは書かない。中国語で書くとしたら現代中国語のスラングなどにも精通する必要がある。英語で書くだけで精一杯。

・中国の文化をそのまま紹介するようなことはしたくなくて、文化が混ざることにより生まれるものを書きたい。

 

という部分が興味深かったです。

 

ナボコフのプニン。 

 

 

“A Free Life”は日本語版での翻訳も出ています。

 

自分の日常を抜けて、誰かの生活を垣間見ることにより、他者へと思いを馳せる読書をしたい時、他国に移住しようと思っている時、移住してからの生活を俯瞰してみたい時、読んで損はないおすすめの小説です。